Noix

 

『タナトスの恋』

 

門を開くと、そこは枯野。

 

虫の羽音すら聞こえず

生命の息吹が絶えたその中央では

一人の女神が座ったまま

枯れゆく花を見つめています。

 

彼女が訪れるまでは

花の咲き乱れる場所だったそこで

最後の花弁が今、枯れ落ちようとしているのです。

 

死と静寂を司るべく運命付けられたその女神は、

これまで「花」という物を見た事がありませんでした。

文人の言葉で、画家の絵で、詩人の歌で。

まだ見ぬ姿形を思い描いてはきたけれど。

 

長い時を経て、ようやく恋焦がれた

本物のそれを手に取った刹那。

 

真っ赤な花弁はたちどころに枯れ落ち、

瑞々しい茎も葉も茶色く萎れ。

 

どうする事も出来ないまま、

次々に枯れていく花々を眺めながら、

ただ呆然と自らの運命を呪い。

 

最後の花弁が落ちました。

 

女神の瞳から零れ落ちた涙が

掌を濡らした、その瞬間。

 

枯れ寂びた花弁が秋風に凪ぎ上げられ、

ヴェールのように視界を奪い、

耳のそばに無数の声。声。声。

 

「死は、私達の定め。再生への入り口。」

「だから春が来たら、もう一度。」

「咲いて枯れて、もう一度。」

「またこの場所で、出会いましょう。」